臆病者達のボクシング奮闘記(第三話)
思わぬ癖
 次の週の金曜日。この日もスパーリングが行われる日である。

 有馬と大崎がリングの中に入る。

 開始のブザーが鳴った。


「左だぞ、左」

 リングの外から梅田がアドバイスをしている。

 有馬は小さく頷き、左へゆっくりと回りながら左ジャブを放つ。

 数回のスパーリングで慣れてきたのか、放たれた左ジャブはミット打ちで打っていたものに近い。


 有馬は左肩と左肘をグッと引き、右グローブを顔の少し前に出して構えている。

 上半身はやや正面を向いているが、見方を変えると左ジャブを打つ前の溜めになっていた。

 左ジャブを放つ時、有馬は右グローブを引く反動で繰り出す。そして、やや正面を向いている上半身は大きく右へ捻られ、肩の回転が効いた力強い左ジャブとなって大崎の顔面へ向かっていく。

 最初のスパーリングでは難なくかわしていた大崎だったが、構えの時点から溜めが効いている有馬の左ジャブはノーモーションだった。避ける余裕がなく、右グローブでブロックをした。

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