臆病者達のボクシング奮闘記(第三話)
 このラウンド、残り二十秒を切っていた。


 大崎のカウンター狙いは有馬も分かったようで、フェイントを出して様子を伺う。


「有馬、左ジャブを出せ」

 梅田は指示を出すが、有馬は一向にジャブを打たず、左へ回り始めた。


「ジャブを出すんだよ!」

 梅田が怒鳴る。だが、有馬はフェイントを一度出したきりでラウンド終了のブザーが鳴った。


「有馬、もう一ラウンドだ」

 梅田は静かにそう言うと、有馬が戻る青コーナー側へ歩いていく。

 有馬も何か言いたそうである。

 梅田が先に口を開いた。

「いいか有馬、強い左ジャブだ。分かったか?」

「……先生、先輩は右クロス(カウンター)を狙ってるんですよね? どうしてわざわざジャブを出すんですか?」

 右クロスカウンターは、相手の左ジャブに合わせて打つ右のカウンターである。フック気味に打つ時が多く、相手の伸ばした左腕に、カウンターを打った者の右腕が交差(クロス)することからそう呼ばれている。

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