想いを伝えるその日まで


「……おめでとう。十九歳の誕生日」

 そして、そっと大事そうに、黒いトートバッグから小さな花束を取り出した。

 それはとても可愛らしい、白いマーガレットだけでできた花束だった。

 しかし、なぜバッグに入れてきたのか。


「潰さないように持ってくるの、大変だったんだからな」

 そっぽを向いて、少し照れたような黒田さん。

 手に花束を持ってくるのは恥ずかしかったのだろう。

 そんな黒田さんが可愛く思えて、私はおもわず声を出して笑ってしまいそうになった。


「あ……ありがとうございます……」

 それをグッと堪える。

 あまりにも嬉しくて、あまりにも突然で、花束を持つ手も声も震えた。


「あと……これも」

 呟くように言うと、黒田さんはテーブルの上に小さなカードを乗せ、私の方に滑らせてきた。

 手に取って開くと、そこには『おめでとう』の文字と桜の花が描かれている。

「嬉しいです……。黒田さんが描いてくれたんですね?」

「さすがに桜の花はプレゼントできねえわ。五月だし」

 黒田さんは大げさに頭をかいた。


 黒田さんは意外なことに、とても可愛らしい絵を描く。

 それもそのはずで、黒田さんはただの本屋のアルバイトではないのだ。

 本業は、新人イラストレーターなのである。

 巷では、黒田さんがイラスト担当した児童書が人気になっているらしい。


「黒田さん、忙しいのにわざわざありがとうございます……」

 こぼれそうな涙を必死で堪えた。

 ここで意地を張ってしまうなんて可愛げがないな、と自分でも思う。


「……気にするな。絵くらい、いつでも描いてやるよ」

 そう言って、黒田さんはニコリと笑った。

 初めて会った時と、同じ笑顔で。



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