秋色紫陽花
返事をしてあげるべき?
迷っているうちに、ローテーブルの上に彼がグラスを置いた。グラスの中で泳ぐ氷が触れ合って、涼しげな音を奏でる。蒸し暑い部屋に、ほんの僅かな風が流れた気がした。
テレビのチャンネルをあちこち変えながら、
「風が強くなる前に、早く帰らないと危ないぞ」
と彼が言う。
きゅっと眼鏡を掛け直して、キツい口調。今度こそ、はっきりと私に向けられた言葉に違いない。
また、イラっとする。
「まだ大丈夫」
「台風、まだこんな所か……、意外と遅いなあ」
私の答えを完全無視して、彼は呟きながら窓の方へ。カーテンの隙間から顔だけ出して、窓に貼りつくように空を窺ってる。
『大型で非常に強い台風は勢力を保ったまま今夜半に通過するでしょう』と、気象予報士の若いお兄さんが丁寧に説明してる。
今年台風が来るのは三度目。二度までは掠めていく程度だったけど、今回は直撃。予報円を見る限り、まともに頭上を通り過ぎていくつもりらしい。
今年一番大きくて強い台風だと。おそらく、これが今年最後の台風になるだろうと。
気象予報士のお兄さんが、しつこいほど繰り返す声が耳に障る。
わかったから、それ以上喋らないで。