彼は
フローリングの床にこびり付いて固くなった飲み物“だったもの”を雑巾で拭いていると、突然部屋に大音量で音楽が流れ始めた。
全ての音や動きに対して敏感になっている私の身体は突然の大音量にビクリと反応する。
母はテレビから視線をずらし、母の隣にあるスマートフォンへと手を伸ばした。


「もしもしー?」


スマートフォンを耳につけ、口を開く。
甘ったるい母の声。
スマートフォンから漏れる声は男の物。
いつものことだ、気にする必要はないと再び雑巾を滑らせる。


「今から?うん、わかった」


じゃあね、と母がスマートフォンを耳から外す。
次にソファの前のテーブルにおいてある鏡を手に取り、そして自身の顔を映し、メイクを始めた。
何処かへ出かけるのだとすぐに察する。


「お母さん……夕飯、どうする……?」
「今日はいらない。お父さんの分だけで良いんじゃない?」
「……じゃあ二人分、作るね」
「どうして二人分なの?」


母の冷めた声が聞こえた。
まずいと思った時にはもう遅い。
< 97 / 112 >

この作品をシェア

pagetop