臆病者達のボクシング奮闘記(第四話)
「それにしても、大崎はよく清水に右クロスを合わせられますね。……奴の左ジャブには、サウスポーの俺でも手を焼きましたからね」
飯島はニヤリと笑った。
「違うんだよ兵藤。このラウンドの清水は、一本調子の左ジャブしか出してないんだよ」
「……言われてみるとそうですね。角度を変えたり、タイミングをずらしたりするジャブは打ってないですもんね」
「大崎が少しでも右クロスを打ち慣れるように、奴なりの配慮なんだろうな」
スパーリングが終わると、リングから出た清水は独り言を言った。
「俺の左ジャブに合わせられるなんて、大崎は右クロスの才能があるなぁ」
作文を棒読みするような彼の口調に、大崎は、どう反応したらいいか分からないような顔をしていた。
飯島は額に手を当てた。
「あのバカ励ましたつもりなんだろうが、あれじゃ何も言わない方がいいんだよ。……でも何で独り言なんだ?」
「きっと奴は照れ臭いんでしょうね。……ところで先生、相沢の出るライト級にサウスポーはいましたっけ?」
「いや、いない筈だ。みんなオーソドックス(右構え)だよ」
「……そうですか」
兵藤はそう言うと、リングへ入っていった。