臆病者達のボクシング奮闘記(第四話)
 また横山の左ジャブが相手の顔面に当たった。

 大きく下がった相手を見て、再び有馬が口を開いた。

「手打ちみたいなジャブなんですが、相手はオーバーに怯むんですね」

「左は最初から延び気味だからそう見えるんだろうが、打つ時は肩が入ってるし、ナックルの握りもいいから、食らった時は棒で突かれたようにカツンとくるぞ」

「……そうなんですか」

 石山が答えると、有馬は意外そうな顔で聞いていた。


「ラスト三十! まだお前のチャンスなんだぞ」

「軽いパンチに怯むんじゃねぇぞ! ラッシュラッシュ」


 仲間の声援に押されたのか、相手は強引に突進していく。

 彼が踏み込んでパンチを打とうとした時、横山の右ストレートがタイミングよくヒットした。

 顎を撃ち抜かれた相手は右膝をマットに付いた。すぐに立ったものの、レフリーがカウントを数え始める。


 ボクシングのルールでは、ダウンを奪った選手はレフリーがカウントを数えている間、反対側のニュートラルコーナーで待っていなければならない。尚、ニュートラルコーナーとは、選手達がインターバル中に座る赤と青コーナー以外の白いコーナーの事である。


 オドオドしながらニュートラルコーナーに立つ横山を見て、石山が言った。


「奴は当て勘がいいから強敵だぞ」


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