戦乙女と紅~東西動乱の章~
フッと。

紅は笑った。

「もう女王など辞めるか?」

「なに!?」

驚いて彼の顔を見る。

…紅の表情には、もう笑みは浮かんではいなかった。

他意のない、ただ私に問いかけるだけの眼差し。

「捨てる事は簡単だぞ。お前の責務を誰かに委ねればいい。お前はただの姫君に戻るのだ。戦場に立つ事も、兵を死地に導く事も、最早必要なくなる」

それは、私に逃げ道を用意してくれた紅なりの優しさだったのだろうか。

獅子王との一件以来、彼はこうしたさりげない心遣いを見せてくれるようになった。

辛ければ捨てればいいと。

お前の抱える理想は、手放した所で誰も咎めるものではないと。

…思えばあの時、私は彼に初めて弱い部分を見せたような気がする。

戦乙女でも女王でもない、ただの少女としての私の素顔。

しかし。

「捨てはせぬよ」

私は柔らかく微笑んだ。

「以前に言っただろう。私は笑われ続ける事にしたのだ。戯言を言い続ける道化のように、笑われながらも理想を語り続ける事にしたのだ。その為には女王の座も戦乙女の称号も、まだ捨てられぬ」

私がただの少女の素顔を見せるには、もう少しやるべき事が残っている。

せめて帝国との一件が終わるまでは、私は戦乙女であり続ける必要があった。

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