今年の夏休み
あ、そうだ…。


「この間、さ…」
「うん?」
「迷惑かけたみたいで」
「迷惑?」
「あの、店のトイレで吐いたとかで…俺何も覚えてないんだけど」
「ああ」
「本当、ごめん」
「いいよ、別に。あれが仕事だし」
「あの…聞いていい?」
「何?」
「なんであんなバイトしてんの?」


ワタナベは、俺の目をじっと見て、答えようとした時、
もうすぐホームに電車が到着するというアナウンスが流れた。
ゴォォォ、という轟音と共に電車が入ってきて、ゆっくり停まった。
俺とワタナベはそれに乗り込む。
休みに入る前の通学時間ほどの混み具合ではないにしろ、シートは全部埋まっており、
開閉ドアのすぐ横の手すりに俺は掴まり、
ワタナベもその隣に立ち、俺を見上げて言った。


「やっぱり時給がいいからね」
「は?」
「だからバイトしている理由」
「え、ああ。えっと、いつからしてんの?」
「ゴールデンウイークから。平日はさすがに入れないけど、休みの前の日とか、ね」
「金、貯めてんの?」
「私、卒業したら、美大に行きたいんだ。
 道具とかお金かかるし。
 予備校の費用とか今のうちに貯めておこうと思って」
「へぇ~…偉いんだな」


びっくりした。
ワタナベの新たな一面を垣間見た、というか。
将来を見据えてしっかりと考えているんだ。
誰にも頼ろうとせずに。
俺なんて、今朝も母ちゃんに起こしてもらったくらい頼りきってる。
金銭的な面はもちろんだし、精神的なものも。

今、一人暮らしを始めたとしても
何をどうしていいのかわからず、
ただただ呆然と立ちすくんでしまうだろう。
15歳なんだし。
年齢に甘えていたけど、
こんな高校1年生もいるんだ。
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