今年の夏休み
若奥さんは、キッチンにこもり、
コップを出すガラスがぶつかる音や
冷蔵庫を開けたり閉めたりする音が聞こえてくる。

リビングに通され、ソファーに座ると、
ひんやりとした空調が、気持ちいい。
俺はワタナベに声をかけた。


「あの、ちょっと顔を洗いたいんだけど、洗面所借りていい?」


「あっち」と指差して、洗面所の場所を教えて貰うと
蛇口を捻って、冷たい水で顔と手を洗った。

気持ちいい~!

ざぶざぶ洗っていたら、ワタナベが
「タオル、これ使って」
と後ろから手渡された。
ガーゼ生地のタオルで顔の水分を拭き取りながら、
周りをきょろきょろと見渡す。

洗面所1つとっても、うちとは全然違うなぁ。
新聞屋からの貰いもんのカレンダーとか貼ってないし。
ワタナベん家は必要なものしかないっていうか、
妙にスッキリと洗練されていた。
その代わり、大きな絵が飾られてあった。

花瓶に色とりどりの花が挿さっている絵だ。
それは、ただの静物画なんだけれど
ちょっと抽象的な感じで不思議な絵だな、と見入っていたら、
ワタナベが俺が戻ってくるのが遅い、と思ったのか様子を見に来た。
俺が絵を見ているのに気付いたワタナベが
「ああ、これ。親が嬉しがって飾っちゃうの」
と恥ずかしそうに言った。


「え?これ、ワタナベが描いたの?」
「小学校の時に、ね」
「マジで?すげーよ!俺、この絵、好きだよ!しかも小学生ってもしかして天才?」


ワタナベは「褒めすぎだよ」とまた恥ずかしそうに言って、俯いた。
< 33 / 57 >

この作品をシェア

pagetop