今年の夏休み
俺の腕に掴ったワタナベからは、
大人の香水の香りではなく
優しい花のような香りがする。

電車が揺れるたびに、
俺に掴るワタナベの手に力が入るのがわかる。
俺もグラつかないように踏ん張る足に力を入れた。


「この間さ・・・」
「バイトやめちゃった」
「ええっ???」


俺が大きな声をあげたので、
前に座っている寝ていたサラリーマン達が顔を上げた。
コホンと咳をして「なんで?」と聞いた。


「やめた、っていうか、正確にはやめさせられちゃったんだけど」
「なんで?」
「年がバレちゃったの」
「なんで?」
「富永くん、さっきから『なんで?』しか言ってないよ」


ワタナベがくすくす笑うので、
「そっか」と鼻の横を人差し指で擦る。
「で、なんで?」と聞き直したら、
ワタナベがクスクスと笑ったので、釣られて一緒に笑った。
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