今年の夏休み
私は隣町のS中に通っていたんだけれど、
中学2年の時、いつも乗っているあの路線でね、
誰かにお尻触られて泣きそうになっていたら
隣に立っていた男子学生が気付いてくれて
満員電車だったのに、なんとか位置をずらしてくれて、
泣きそうになってた私に周りに聞こえないくらいの声で
「大丈夫?」
って聞いてくれたんだよ。
私が先に電車を降りる時も、気遣ってくれて
あの時は本当に救われたの。


ワタナベは、俺の顔をじっと見つめて
「ありがとう」
と言った。

俺?
う~ん…、確かにそういうことがあったような気もする。

でもそういうことは結構あって、
痴漢に遭って泣きそうな顔をしている人を見つけたら
下心とか無しで、放っておけないじゃないか。


「入学式で、最初に富永くん見た時、すぐわかったよ。あの時の人だ!って」
「そうだったんだ…」
「うん、ここのほくろでわかった」


ワタナベは、自分の鼻の横をつんつんとつついて、笑った。
そして「ちょうだい」と俺の手からまたビールを取り上げ、
「飲み干していい?」って聞くから
「いいよ」と答えると、
ガスも抜けきった、ただの苦い液体をこくこくと喉を鳴らして飲んだ。


「富永くんと、もう1回話してみたかったんだ」
「クラスメートなんだから、わざわざ実行委員にならなくても話せるのに」
「そうだね」


ワタナベは、何と言おうか色々考えているような素振りをして
「単にクラスメートとかじゃなくて、いっぱい喋ってみたかったんだ」
とはにかみながら言うワタナベに、
照れくさくなり、「そっか」としか返事できないでいた。
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