佐藤くんは甘くない


「……っはあ、」


がくんと、足の力が抜けた。そのまま床にぺたりと座り込む。

握りしめていたマイクが手汗でべとべと。……はあ、きっ、緊張したぁ。


いまだにばくばく言っている心臓を、なだめるように胸の上に手を当てて深呼吸。ふっと、目の前に影が見えて、顔を上げると、


「お疲れさん」


文化祭実行委員、と書かれた名札を首から下げた恭ちゃんの姿があった。恭ちゃんが私に向かって手を差し出す。


私も恭ちゃんの手のひらに合わせる。

ぱちん、小気味のいい音が鳴る。


「緊張のあまり死ぬかと思った」

「はあ?まじかよ?全然そんなふうには見えなかったけど」

「割と吐きそうだった」

「やめろ」


恭ちゃんがあんまりにも真顔だったから、思わず苦笑した。

舞台上から聞こえてくる華やかなファンファーレに耳を傾けていると、後ろの方から近づく足音が聞こえた。


なんだろう、と恭ちゃんから視線を外してみると、黒縁眼鏡とまっすぐ伸びた黒髪が特徴の生徒会長が立っている。

優しげな笑みを浮かべて、親指を立てて生徒会長が言う。



「お疲れ様。盛り上がったねぇー」


「ほんと良かったです。これで盛り上がらなかったらどうしようかと」


「うんうん、さすが補佐役だね。ほらっ、次の司会もあるからスタンバイスタンバイ!」


「はっ、はい」


生徒会長に背中を押されるように、私はもう一度舞台袖へ。……あれっ、ていうか生徒会長も今補佐役だって言ったろ。なんなんだよ。どんだけ補佐役押すんだよ。

文句の一つも言えないうちに、私はもう一度あの光の中へ───



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