佐藤くんは甘くない
逃げるなよ、か。
それは、私の胸に深く突き刺さる。
今にも逃げ出しそうな私を、きつく締め上げるような言葉だった。
恭ちゃんと別れた後、私は一人教室へ向かって歩いていた。
思い浮かぶのは、佐藤くんの顔と、ひまりちゃんの顔。それが交互に浮かび上がっては消えて、また浮かび上がる。そして最後浮かんだのは、演劇の前、佐藤くんが見せたあの表情。
もう決めたじゃないか。今更、何を迷う必要があるんだよ。
自然と両手に抱えた木箱に力がこもる。
あんなに固く誓ったはずなのに、油断したらぐらついてしまいそうになる自分が憎らしい。
佐藤くんを自然と追ってしまう自分自身の弱さが、我に返るたびに突きつけられていく。こんな汚い自分を誰にも知られたくはなかった。
佐藤くんは、今日、ひまりちゃんに告白する。
私さえ、この気持ちを隠せば、きっと今まで通り、仲のいいままで居られる。私は佐藤くんの気の置けない友達として、佐藤くんの近くにいられる。
……それで十分なのに。
それだけで、いいはずなのに。
視界がぼやける。それをぐっとこらえるように唇を噛みしめた。足を止めると、いつの間にか教室にたどり着いていたようだった。
私は顔を伏せたまま、ドアに手を伸ばす。
───ガラガラ。