佐藤くんは甘くない
がたん、と強く机が床に引きずられる音が耳に鳴り響いた。それは確実に、両肩に触れる私の手から逃れるために、前に身を乗り出したための音だと、気付いた時には遅かった。
「……っ!」
佐藤くんはただひたすら、困ったように頼りない表情を浮かべ、顔を真っ赤にして、そのまま乱暴に立ち上がる。横にかけていた鞄をひったくるように肩にかけ、私が声を掛ける暇など与えないというように、ドアに向かって一直線。
「え、ちょ、」
思わず伸ばした手が、虚空をかく。
私は、立ち尽くしたまま地鳴りのように走り去っていく足音に、呆然とした。え、な、なに。
今の、何。
私何かしたか?
いや、別に何もしてない。
確かにいろいろ、思うところはあったけれど、あんな反応をして露骨に避けられるような真似、していないはずだ。ええ。じゃあ私何したの? ううん……ああもう。
「……ええい! まどろっこしい!!」
私はがああっと頭を乱暴に掻き、胸にすべての酸素を取り込むように大きく深呼吸をして、そのまま床を蹴り上げる。
逃げるってんなら、地の果てまで追いかけてやるよ!!
これでも運動神経は悪くないほうなんだぞ、私!!
乱暴にあけられたままのドアを吹っ飛ばす勢いで、教室を出て、続く廊下を見る。いた。佐藤くんは今までに見たことのない様な全力疾走で、廊下を突き抜けている。
私も負けじと、佐藤くんの背中を追いかける。大股で、腕を振り、歯を食いしばりながらどどどど、と佐藤くんに負けない大きな足音でその後ろを追跡する。さっきよりも佐藤くんの背中が近づいた。大きく息を吸い込み、せき込みそうになりながら、私は叫ぶ。