夢幻罠
その一見投げやりに見える動作がじつに様になっていた。
そして、オリーブを入れて完成させた物を、長い指で挟むと、スーと俺の前に置いた。
俺は目でありがとうを言うと、口に運んだ。
ベルモットの香りと清涼感が口中に広がった。
女が、不意に立ち上がった。
少しよろける足でコーナーに消えた。
たぶんトイレだろう。
「美味しいです」
「ありがとうございます」
「店の感じもいい、気に入りましたよ」
バーテンは髭を八の字からウ冠にすると、
「ありがとうございます」
と、繰り返した。
「入口の鏡の間は、いただけないけど?」
「フフ…よく入口が分からず、業を煮やして帰ってしまう人がいますよ」
「ハハ…マスターも欲がないね。それじゃ、客が集まらないだろ」
「いえ、あのくらいの洒落の分からない人には来て貰わなくて結構なのです」
俺は微苦笑した。
「変わってるね」
マスターの髭はまたウ冠になった。
「ところで、あの子、よく来るの?」
「いえ、お客さんと一緒で初めてです」
「フーン。…かなり酔ってるようだけど?」