夢幻罠
助手席の彼女が俺の胸にすがり付くように顔を埋めた。
突然、運転席の窓が叩かれた。
「ワッ!!」
俺は彼女のか細い肩を覆うように抱いた。
トントン……
と叩き続ける音が、
ガチャッ!
という大きな音に変わった。
…ドアが開けられたのだ。
…もう駄目だ
彼女の体が小刻みに震えた。俺は腕に力を込めた。
「すいません。すいません」
天使のような澄んだ声が鼓膜を震わせた。
「すいません。お願いがあるのですが?」
その時、軽い衝撃を肩に感じた。
思わず顔を上げた。
ルームライトの光に陰影を際立たせた女の顔があった。
足を見た。
白い綿のスカートの下に二本の足が確認できた。
「ごめんなさい。驚かせてしまったようですね。…誰だって驚くと思います。こんな人家のない霧の夜に女が一人で立っていたら」
溜飲するような安堵を覚えた。しかし警戒は怠らなかった。