夢幻罠
…不思議な夜はまだ続いていたのだ。


女は運転席に既に乗っており、開け放たれたドアの隙間から俺を手招きしていた。

「見ていて下さい」

女は俺の視線を確認すると、キーを回した。

セル・モーターは動いた。
しかしギヤを接続すると、まるで投石した直後の虫時雨のように、途端にモーター音は消えていった。

「こんな調子なんです。どこが悪いのでしょうか?」

「セル・モーターは回るようですね」

「ええ、でも時間を少し置かないと駄目なんです」

キーを回した。

セル・モーターは始動しなかった。

「ね!」
女は同意を求めた。

「ええ、おかしいですね?」

「ほんと」

女はまたキーを回そうとした。俺はその手を掴んだ。

「エッ!?」

女は驚いたように俺の顔を見上げた。

「やめたほうがいい。これ以上やってもバッテリーの無駄使いだ」

女はコックリした。

「セル・モーターが回るということは、電気系統の故障じゃないと思います。ちょっとボンネットの中を見せてください」

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