夢幻罠
霧のために先頭の車は見えない。

緩やかにカーブする道路にそって、まるで餌をおびき寄せる深海魚の発光器のように不気味にライトが夜霧に溶けている。

しかしながらこんなものでも愛する女と一緒なら、きらめく星の連なりのようにロマンチックに見えるのは受け合いだろう。

だが勿論俺はひとりだった。

私生活でも去年離婚してから女運に見離されていた。

×一男がもてるなんて、真っ赤な嘘である。

時計を見た。

動き出してからもう10分も経っているのに、赤いネオンで大きく“うなぎ”と書かれているドライブインの看板が識別できた。

10分間で僅か15mほどしか進んでいないことになる。

隣の車線は、時折思い出したように猛スピードでライトが通り過ぎるだけだった。

不条理を感じた。

頭に突然閃きが生じた。

いま対向車が照らした脇道は以前使ったことがあった気がする。

そこから小さな吊橋を渡ればかなりの近道ができる。

俺は車を回すと、その脇道に入った。

狭く路面も悪い道だった。
対向車が来たら擦れ違うことも出来ないだろう。
しかも霧のために視界も悪かった。
霧は国道で感じた時よりも随分濃かった。

ゆっくりと走らせた。

しかし先程までと比べたら雲泥の速さだ。
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