夢幻罠
…そうだ!?彼女たちを養うためにも人一倍働かなくては……。

気持ちを引締め、会社に向かった。


今日は定刻に帰った。

部屋の明りがついてなかった。

悪い予感がして、飛ぶように部屋に…。

彼女たちは居なかった。

どこかに出掛けたのでは…?という甘い観測は、部屋の中を見回すと出来なかった。

それは、彼女たちの痕跡を残す物は何一つとして見あたらなかったからだ。

買ってあげた揃いの羊のスリッパも色違いのネグリジェも、歯ブラシまでもなかった。

足を引き摺るように押入れまで歩くと、突っ込んでおいた昨日のレジ袋を取り出した。

風呂場で一つひとつ燃やした。

燃え残った物には灯油を差し、灰になるまで見届けた。

そのあと新聞に隅から隅まで目を通した。

一週間前まで遡り探したが、例の死体と思える記事は見当たらなかった。

俺は眠れぬままに、彼女たちの痕跡を求め、全ての部屋を隈無く探した。

家中舐めたように綺麗に掃除が行き届いていた。

溜め息が出た。

…まるで彼女たちがここで生活していた事自体が夢だと思われるようだった。

髪の毛一本をも見付け出す事は出来なかった。

しかし不思議な事に、テーブルに置いた十万円は、朝置いた通りに同じ所に同じ姿をしていた。

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