終わりと始まりの物語
つよがり
強がりは、私を強くしていく。
少しだけ込み上げる怒りと、寂しさと、切なさ。
その全てを飲み込んで、グラスのカクテルを飲み干す。
「ほらほら、また悪酔いするよ」
バーのマスターはそんな私を見かねてすかさず水を出す。
「いらない、さっきと同じの作って」
「……じゃあ水飲んでからね」
ニッコリするマスターに言われるまま水を口に含む。
さっぱりした柑橘系の香りが鼻をくすぐり、舌に酸味の刺激と甘い後味が広がる。
「……水、じゃない」
「美味しいでしょ? レモンを砂糖につけて出た汁を、水で割っただけなんだけどね」
「へえ、優しい味だね」
───マスターみたい。
次いで出た言葉に、マスターはニッコリ優しい笑みを浮かべる。
「彼氏と別れよっかな」
氷の浮かぶ水面は、私の強く縛り付けた心の口を緩める。
彼氏が居ても、満たされないこの心。
会えてもホテルで抱き合い、済ませば用があるとすぐ離れていく。
愛なんて感じなくて、私だけが彼の人になりたいと必死で追いかけていて。
甘さもすっぱさも、苦味で消えていた。
「彼氏と別れたら、もうここに来ることもなくなるかな?」
不意にマスターが寂しげにそんなことを言う。
驚いたが、私がまるでやけ酒にここに来ていたみたいな言い方にも聞こえた。
「ひっどー。私、マスターに会いに来てるの! マスターのカクテルが大好きなの!」
「それならいいけど……」
すっと出されたカクテルが、光に照らされ暖かみのある橙に映る。
「私、彼と別れたらすぐここに来るからね。慰めてね」
「分かった。じゃあその時は、僕の切実な恋煩いの話も聞いてほしいな」
「え? 何なに!? 絶対聞くよ!」
ほんのり赤く見えるのは、この橙がマスターに反射してるからだろうか。
照れたマスターが何だか可愛くて、一口カクテルを飲みながらマスターを見つめる。
みんな、恋をして。
酸いも甘いも経験して。
そこから何かを得て、強くなる。
強がりは、外見だけを強く見せ、内側をぶよぶよに腐らせてしまう。
息抜きをさせてくれる場所は、本当の自分をさらけ出せる居場所なのかもしれない。
「マスターもここも好きだよ」
ほぐれた心に、優しい気持ちを抱いて言葉が零れる。
「僕も好きです、ここが」
好きな人に会えるから───マスターの言葉に、私の胸はくすぐられる。
マスターの好きな人が羨ましい。
優しい仕草も言葉も、全て愛に満たされているのだろう。
「いいなあ、マスターに想われてる人。私もマスターみたいな人に想われたかったな」
「えっ、」
「マスターなら大丈夫だよ。絶対上手く行くよ」
優しくて素直な、マスターみたいな暖かい女性。
そんな人なら、マスターも幸せになれるよ。
「……そこまで言うなら、彼氏と別れたらさっさとここに来てね。その日に告白して絶対成功させるから」
「分かった。何かドキドキしちゃうね!」
強がりのない、幸せな場所が見つかりますように。
愛のある、日だまりのような日々にマスターが包まれるように。
今までにないマスターの浮かべた最高の笑顔は、私の心に寂しくも温かな気持ちを残していった。
少しだけ込み上げる怒りと、寂しさと、切なさ。
その全てを飲み込んで、グラスのカクテルを飲み干す。
「ほらほら、また悪酔いするよ」
バーのマスターはそんな私を見かねてすかさず水を出す。
「いらない、さっきと同じの作って」
「……じゃあ水飲んでからね」
ニッコリするマスターに言われるまま水を口に含む。
さっぱりした柑橘系の香りが鼻をくすぐり、舌に酸味の刺激と甘い後味が広がる。
「……水、じゃない」
「美味しいでしょ? レモンを砂糖につけて出た汁を、水で割っただけなんだけどね」
「へえ、優しい味だね」
───マスターみたい。
次いで出た言葉に、マスターはニッコリ優しい笑みを浮かべる。
「彼氏と別れよっかな」
氷の浮かぶ水面は、私の強く縛り付けた心の口を緩める。
彼氏が居ても、満たされないこの心。
会えてもホテルで抱き合い、済ませば用があるとすぐ離れていく。
愛なんて感じなくて、私だけが彼の人になりたいと必死で追いかけていて。
甘さもすっぱさも、苦味で消えていた。
「彼氏と別れたら、もうここに来ることもなくなるかな?」
不意にマスターが寂しげにそんなことを言う。
驚いたが、私がまるでやけ酒にここに来ていたみたいな言い方にも聞こえた。
「ひっどー。私、マスターに会いに来てるの! マスターのカクテルが大好きなの!」
「それならいいけど……」
すっと出されたカクテルが、光に照らされ暖かみのある橙に映る。
「私、彼と別れたらすぐここに来るからね。慰めてね」
「分かった。じゃあその時は、僕の切実な恋煩いの話も聞いてほしいな」
「え? 何なに!? 絶対聞くよ!」
ほんのり赤く見えるのは、この橙がマスターに反射してるからだろうか。
照れたマスターが何だか可愛くて、一口カクテルを飲みながらマスターを見つめる。
みんな、恋をして。
酸いも甘いも経験して。
そこから何かを得て、強くなる。
強がりは、外見だけを強く見せ、内側をぶよぶよに腐らせてしまう。
息抜きをさせてくれる場所は、本当の自分をさらけ出せる居場所なのかもしれない。
「マスターもここも好きだよ」
ほぐれた心に、優しい気持ちを抱いて言葉が零れる。
「僕も好きです、ここが」
好きな人に会えるから───マスターの言葉に、私の胸はくすぐられる。
マスターの好きな人が羨ましい。
優しい仕草も言葉も、全て愛に満たされているのだろう。
「いいなあ、マスターに想われてる人。私もマスターみたいな人に想われたかったな」
「えっ、」
「マスターなら大丈夫だよ。絶対上手く行くよ」
優しくて素直な、マスターみたいな暖かい女性。
そんな人なら、マスターも幸せになれるよ。
「……そこまで言うなら、彼氏と別れたらさっさとここに来てね。その日に告白して絶対成功させるから」
「分かった。何かドキドキしちゃうね!」
強がりのない、幸せな場所が見つかりますように。
愛のある、日だまりのような日々にマスターが包まれるように。
今までにないマスターの浮かべた最高の笑顔は、私の心に寂しくも温かな気持ちを残していった。