大好きな君へ。
 「優香本当にありがとう。僕を救ってくれて、僕を愛してくれて。優香が居なかったら僕はまだ泥沼の中だった」


「芙生って知ってる?」

優香は突然言った。


「ふう? 風のこと? それもも楓? カエデとも読むけど、鈴を良くビーズで編むだろう? あれに似た実があるんだよ」


「あっ、森林公園のハーブ園でクリスマスのリース作りのボランティアしたことがあるの。その時見たわ。サクランボに似た、小さくてゴツゴツした物でしょう?」 


「あっ、それそれ」


「残念ながらその楓ではないの。芙生の芙は蓮華なの。泥沼でも美しい花を咲かせる仏の世界の象徴なのだそうよ」


「蓮華?」

僕は優香の言葉に、札所十八番の太子堂とでも言うのだろうか? 立派な宝仏がところ狭しと並んでいた蓮華堂を思い出していた。


「そう、蓮華。泥沼は蓮に栄養を与え、美しい花を咲かせることも出来るの。隼が苦しんできたことは無駄ではないのよ」


「そう言えばあの蓮華堂の中にあった大日如来様も、お舟の観音様の近くに安置してあったのも本当にいいお顔だったな」

僕は優香とこの像が重なり思わず手を合わせて跪いた。


「大日如来様。大日如来様。唱え奉る光明真言は大日普門の万徳を二十三字に集めたり……己の空しゅうして一心に唱え奉ればみ仏の光明に照らされて三妄の霧自ずから晴れ浄心の玉明らかにして真如の月まどかならん」

僕が急に御題目を唱え出したから、優香は目を白黒させていた。


僕には優香が大日如来そのままに見えていた。
もしかしたら優香は神様が僕に遣わしてくれた生き神様なのかも知れない。


「どうしたの隼?」


「いや、何でもない。ただ、急にあの蓮華堂の中にいた大日如来様を思い出しただけだよ。それと同時に、優香があの日唱えた言葉が浮かんだんだ」


「そうね。あの後、お互いに光明真言を唱えたんだわね。阿謨伽尾盧左曩摩訶母捺鉢納入鉢韈野吽」


「おんあぼきゃべいろうしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん」

僕も優香に追々した。




 「芙生とは、どんな場所でも行いが正しければ美しい花を咲かせてくれるって教えなのよ。だから隼、正々堂々と生きて行こうね」

僕は優香の言葉が嬉しくて何度も何度も頷いた。


芙生。
その響きに僕は魅了されていた。
僕がいい加減な男だったから、優香もきっと泥沼だったに違いないだろうと考えながら……




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