王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
エリナに案内された客室には、前にも何度か来たことがある。
ウィルフレッドが王都を訪れたときに遊びに来たのだが、いつ稀斗が弥生の部屋を訪れても瑛莉菜と対面することがなかったように、キットとエリナが出会うこともなかった。
広い客室には大きなふたりがけのソファと、贅沢なベッドが置いてあり、バスルームもバルコニーも付いている。
エリナが任されたのはこの部屋まで王子を案内してくることなので、キットが部屋の中に入ったのを見届けると、役目を終えたエリナは膝を折った。
「それでは殿下、私はこれで……きゃっ!」
キットはエリナの腕を掴んで部屋の中に引き入れると、突然引っ張られて長いスカートに躓いたエリナを自分の胸で受け止めた。
客室のドアが閉まる音が、静かな廊下に響き渡る。
「あっ、あの……!」
「キットでいいって言ったろ」
エリナは自分の正体を知らないのだから仕方のないことではあるが、やっと会えた彼女に"王子"と呼ばれるのは嫌だった。
キットは自分の胸でアタフタするエリナの黒髪に指を差し入れ、彼女の額をそっと肩口に押し付けた。
「エリナ」
髪を優しく撫でながら名前を呼ぶと、エリナの身体が小さく震える。