王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
キットはそんなエリナを見上げて、彼女が笑うと、左頬にだけ小さなえくぼが浮かぶことに気付いた。
はじめて、エリナが自然に笑うところを見たのだ。
ひとり小説の中に放り込まれても気丈に振舞っているように見えたエリナだが、どこか緊張した部分があったのも事実だろう。
エリナが自分の前で少しでもその緊張を解いてくれたのだと思えば、彼女を見上げる深い青色の瞳は、知らず識らずのうちに優しいものになる。
そしてエリナ自身も、この世界に来てはじめて、心から笑えていることに気付いていた。
あたたかい何かに包まれて、その陽だまりの中で心地よく眠ってしまいたい。
だけどそのあたたかさはウィルフレッドに感じる類のものではなく、彼女が今まで経験したことのないものだ。
胸がいっぱいになるほどの安心感と、息が苦しくなるほどの甘い胸騒ぎ。
キットが、くれるもの。
(この手を、握ってみたい)
キットの手に重ねた指先にそっと力を込めてみると、その僅かな動きに気付いたキットが、ぎゅっと手を握り返してくれる。
はにかむエリナの前に跪き、彼女を見上げるキットもまた、その華奢な手を取り導くのが自分であればいいと思っていることを、認めざるを得ないのだった。