王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
キットは暗い部屋の中を月明かりを目指して移動し、静かにバルコニーの窓を押し開けた。
彼に与えられた客間はこの屋敷の中でもかなり贅沢な部屋で、続き間もあるし眺めもいい。
しかしその部屋はコの字型の屋敷の上辺に当たる棟にあったので、思った通り、こちら側の部屋の方が月の光をたっぷりと浴びられる。
バルコニーに出たキットは人目がないことを確認してから、そっと手すりから身を乗り出し、下を覗いてみた。
真下の部屋の主が、今夜そこにいることはわかっていた。
エリナは手すりに置かれた光を集める小瓶の横で突っ伏しており、普段は侍女らしくひっつめている黒い髪が華奢な背中を覆っていた。
「エリナ」
なるべく驚かせないように小さな声でそっと呼びかけると、ピクリと肩を揺らしたエリナがきょろきょろと辺りを見回し、最後にキットがいるバルコニーを見上げて空色の瞳を大きく見開いた。
「えっ! な、きっ、きゃっ……」
「しーーーっ! 今そっち行くから、ちょっと待ってろ」
騒がれてはまずいので、大声を上げられる前に必死に宥める。
自分が随分と奔放な王子である自覚はあるが、こんな夜分に紳士が淑女の部屋を訪れるなど非常識にもほどがあるし、なによりウィルフレッドに知られたらこっぴどく叱られる気がする。