王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
エリナが慌てて両手で口元を押さえてコクコクと頷いたのを確認すると、手すりを跨いで越え、柵に捕まりながら足を下ろしてから身体を揺らして反動をつけ、エリナのいる下の部屋のバルコニーへと飛び下りた。
エリナは突然現れて泥棒のような登場をしたキットを唖然として見上げ、彼のことであれこれと悩んでいたのも一瞬忘れてしまった。
「な、なんで……?」
「こっちの棟の方が月に近い。向こうはバルコニーが逆向きだし、建物の影になんだよ」
「で、でも、ウィルフレッドさまが……」
「ウィルには言うなよ。お前の部屋に忍び込んだなんてバレたら、神託より先に殺される」
キットはそう言って戯けてみせると、胸ポケットからはちみつとブルーローズが入った小瓶を取り出し、エリナのものの横に並べて置いた。
手すりに両手を付いて銀色の月を眺め、それからまだ驚きから脱せない様子のエリナを見下ろして頬を緩ませる。
エリナが長い髪を下ろしているのを見るのははじめてで、こうして見るとより一層柔らかそうだ。
大きなアーモンド・アイをめいっぱい見開いて、自分だけを映している。
月明かりに照らされた白い肌も、少し色付いた頬も、半分開かれた唇も、今目にしているのは彼だけなのだ。