王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
ふたりの間に置かれたふたつの小瓶に、月の光がどんどん吸い込まれていく。
何か言おうか迷ったが、キットにとってその沈黙は居心地の悪いものではなかったし、エリナが考え込んでいるようなのでしばらくそっとしておくことにした。
「……わからないの」
薄い雲がゆっくりと動いてバルコニーが少し暗くなったとき、エリナが突っ伏したままポツリと言った。
「大事にしたことも、されたこともないから。自分にはできないと思ってたの」
それからほんの少しだけ顔を上げ、またすぐに腕の中にうずめた。
これまでの恋で、それを変えようと思うことも望むこともなかった。
ロマンス小説のような恋は絵空事だと、ファースト・キスを奪われた瞬間にその望みも摘み取られたから。
その考えを怒ってくれる人なんて、現れなかったから。
「だけど……もし、少しでもキットが喜んでくれるなら、そうしてみたいって思ってるの」
震える声で言うエリナに驚いて、キットは思わず顔を伏せたままの彼女を見下ろした。
華奢な肩が緊張からか照れからか、ぶるっと小さく震える。
「さっき抵抗しなかったのは……あなたが"好きでもない男"じゃないからだもん」
拗ねたような口振りで言われて、彼女が自分の庇護欲の範疇を超えて、もっと奥の方を揺さぶってくるのがわかった。