王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
(参ったな……)
もともと放っておけない存在だった彼女が、今では確かにそれ以上の意味を持ってキットを惹きつける。
自分の正体を知らないはずのエリナが、そんなふうに心を預けようとしてくれているのは尚嬉しかった。
キットはしばらく逡巡し、今が自分が稀斗であることを告げる時かとも思ったが、一度タイミングを逸しているだけになかなか言い出しにくい。
それに、エリナには少しかわいそうなことをしてしまうが、このままの方が物語が上手く進むような気がするのだ。
お互いがお互いの正体を認識し合えば、そこには物語を超えた繋がりが生まれてしまう。
国の王太子と公爵家の侍女であるべき以上の不自然な結び付きは、この世界の秩序を乱しかねない。
だから彼は、エリナが小説の中に生きる王子としてのキットに心を許すのを待つしかなかったのだが、彼女が自分をウィルフレッドの従兄弟の王子としてではなく、ひとりの男として見てくれたような気がして嬉しいのだ。
キットは自分だけが知っている不公平を心の中で謝って、それでも自分が側にいると伝えたくて、小さく丸まるエリナに腕を伸ばした。
手すりに突っ伏すエリナを包み込むように後ろにまわり、彼女を胸の中に閉じ込めるようにして手すりに手を付く。