王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
朝からくすくすと楽しそうで、なんとも憎たらしい限りである。
エリナをからかって、その反応を楽しんでいるとしか思えない。
「冗談だよ」
キットに腕を引かれて身体を起こし、めくれ上がったスカートを慌てて押さえて脚を隠した。
もう少し真剣に怒りたいのに、キットがあんまり嬉しそうに笑うから、どうにも勢いを削がれてしまう自分がいる。
彼の優しい瞳が自分に向けられることに、どうしても逆らえない。
(まったく、侍女で遊ぶなっつーの)
頬を膨らませて心の中でそう呟いた瞬間、目の前のすっきりと整った顔立ちがふと誰かの面影と重なった。
(あれ……そう言えば……)
この小説の世界に放り込まれる瞬間にも、同じようなことを思った気がする。
同じようにエリナをからかって遊ぶその人は、キットの顔立ちから甘やかさを消して代わりに渋さを付け足したような雰囲気で、思えばまっすぐな鼻梁や薄い唇などは似ているかもしれない。
「俺のせいでヨレたエリナは可愛いな」
ひとり満足そうなキットは、エリナの解れて顔にかかった髪を指で掬い上げて耳にかけた。
(……やよい先生?)
弥生の面影は、蜜のように甘い朝からエリナを一気に現実に引きずり落とす。
エリナは帰らなくてはいけないのだ。
キットのいない、元の世界へ。