王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
明かりのついた部屋の中で彼女の影が動き、閉ざされたカーテンの向こう側に近付いて止まった。
カーテンと窓を開けて、バルコニー姿を見せたエリナを目にした途端、キットはぎょっとして切れ長の瞳を見開いた。
「なっ、なんで泣いてんだよ!」
エリナの空色の瞳はゆらゆらと揺れる水面のようで、夜空に浮かぶ月を映せば、まるで真昼の月を眺める湖のような不思議な引力と儚さをもち、息を飲むほど綺麗だ。
しかし彼女に泣かれて落ち着いていられるキットではなく、あわあわと慌てて手すりに預けていた身体を起こした。
抱きしめていいのか、それとも触れずにおくべきなのか……。
一瞬迷って両腕が宙を彷徨う間に、エリナがふわりと微笑んだような気がして、そうかと思えば彼女の身体が胸の中に落ちてきた。
湯浴みをした後なのか、まだ少し濡れた髪の香りが漂い、胸におでこをコツンと当てられてゴクリと喉が鳴る。
「……エリナ?」
浮いた両腕を引っ込めることも、かと言ってエリナの背中に回すこともできず、怖々と彼女の名前を呼ぶ。
エリナはピシリと固まって動けないキットの胸から顔を上げ、目の端に涙を浮かべながら、花がほころぶように柔らかな笑顔を浮かべた。