王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
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しばらくふたりで並んで夜空を眺め、月が完全に隠れた頃、キットはエリナにおやすみを言って自分の部屋に戻って行った。
彼の側にいるといつも、体温は常に微熱を保ち、他には何も見えなくなる。
今まで恋人とはそんなに頻繁に会いたがることもなかったし、四六時中一緒にいたいとか、依存するタイプとは程遠かった。
それなのに、キットの隣にいると、そこが自分の居場所だと思えるほど、離れ難くなってしまうのだ。
エリナは彼の名残を冷まそうと、明かりを消した部屋のベッドの上に仰向けになり、しばらく目を閉じて心臓の音を聞いていた。
「……ちゃん! 宇野ちゃん!」
だからそのか細い声はなかなか耳に届かなかったし、どこかで声がすることに気が付いてからも、呼ばれる名前が自分のものだったと思い出すまでには随分と時間がかかった。
(宇野ちゃん、って……)
そう呼ばれていたのは、もうずっと昔のことだったように思う。
この場でエリナをそう呼ぶ人物はたったひとりのはずで、エリナはハッとして身体を起こし、薄暗い部屋をきょろきょろと見回した。
しかし部屋の中にはカラスの姿もなければ白い猫の姿もない。