王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
「宇野ちゃん! こっちだよ、こっち!」
蚊の鳴くような声に耳を澄まし、目を凝らすと、わずかに開いたバルコニーへと続く窓の側で、白いものがハタハタと浮いているのが見えた。
(まさか……)
半信半疑で近付いてみると、やはり先程ふたりの間に突然現れて小瓶の上で羽根を休めていた小さなモンシロチョウだ。
エリナがベッドから立ち上がり、ゆっくりと歩いて近付いて来るまで、窓の側で懸命に羽根を動かして待っている。
「やよい先生? なんでまたそんな格好で……」
カラス、猫、蝶々……。
弥生のチョイスがイマイチわからない。
エリナが呆れた顔で肩を竦めると、モンシロチョウは怒り狂ったように忙しなく羽根を動かして、エリナの長いまつ毛をなびかせた。
「宇野ちゃん、自分の名前を忘れかけてるだろう! この世界に馴染まなくちゃいけないとは言ったけど、それは宇野ちゃんが元の現実世界に戻って来るためなんだからね!」
「わかってますよ、そんなの」
エリナの周りを飛び回る白いチョウは、不満そうな顔をした彼女の耳元でピーピーと叫ぶ。
「いーや、わかってない! 宇野ちゃんがこの世界に絆されてるから、俺はこんな格好しかとれなくなってるんだ。きみが本来の目的を忘れて完全に小説の人物になれば、たとえ作者の俺でも入り込む隙間はなくなるし、元の世界には戻れなくなるからな!」