王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~

よく訓練された強い兵力をもつヴェッカーズ伯爵領は、同時に織物や工芸品を中心とした伝統文化を多く残す地域でもある。

馬車が市街地へ入っても比較的旧い街並みが続き、明日の収穫祭へ向けて領地の内外からも人が集まって来ているようで、中心街は高まる興奮を持て余してとても賑わっていた。


なにしろ、ラズベリーが収穫されるのは13年に一度きりなのだ。


この機を逃せばキットは当然神託に従って命を落とす運命にあるのだろうし、エリナもあと13年は元の世界に戻れないということだ。

小説の中で命を落とすことがすなわち現実世界での死に直結するのか、イマイチ確信のもてないキットは自分の命の危機にも実感がないのだが、とにかく自分のいなくなった世界にエリナをひとり13年間も残すわけにはいかないとは思っていた。

だからどんなに手段か思い付かなくとも、彼にとっても明日の収穫祭は命懸けだ。


「エリナ」


馬車の窓からずっと外を見ているエリナの様子が気になって、正面に座ったキットは考えもなしに小さく名前を呼んだ。

今朝邸を発ったときからどこか翳りを含む双眸が、素直にキットへと向けられる。


昨夜バルコニーで会ったときは腹が立つほど可愛らしく笑っていたのに、何かを悩んでいるのか、朝から思い詰めたように浮かない顔のままだ。
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