王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
稀斗はむすっとした顔のまま、拾い上げたノートパソコンを弥生の前にどかりと置いた。
「あ、ちょ、もうちょっと丁寧に……」
「とにかく、兄貴ははやく小説書けよ。どういう仕組みかはよくわからんが、向こうとこっちで上手くやれりゃ、戻って来れるだろ」
弥生はまだ半分納得のいかない顔だったが、その両手はちゃっかりノートパソコンを開いている。
どうやら、彼の創作意欲を刺激したらしい。
不安な表情の中に、ほんの少しの期待と好奇心が入り混じり、完全に冒険を前に楽しむ者の顔だ。
その顔を見て、稀斗は小さく笑った。
今、自分も同じような表情をしている気がする。
「き、気を付けて行ってこいよ」
弥生がそう言いながらパソコンの電源を入れるのと同時に、稀斗は壺の中に手を突っ込み、空色のラズベリーを摘み上げる。
「そんじゃ、よろしく頼むよ、"神様"」
その言葉を合図に弥生が画面へ視線を移し、稀斗は禁断の青い果実を口の中に放り込む。
そして瑛莉菜のときと同じように、稀斗は音もなく弥生の前から姿を消した。