王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
「きみ、自分の名前が言えるかい?」
カラスが枝の上からそう問いかけると、黒髪の侍女は一瞬迷うように唇を震わせたが、すぐにはっきりと口にした。
「私の名前は宇野瑛莉菜です。そんなのあなたも知ってるでしょ、やよい先生!」
しかしカラスは残念そうに首を振る。
「それはあっちの世界での名前でしょ。きみにはわかるはずだ、ここでの本当の名前が。それを認めてくれないと、どうにも始まらないんだよ」
実際さっき名前を聞かれたとき、侍女には馴染んだ"宇野瑛莉菜"という名前の他にもうひとつ、どうしても存在を主張してくる名前があった。
だけど、それを口にしてしまうのは怖い。
そんなことをしてしまったら、このあり得ない状況を認めなくてはならない気がする。
「よく見てごらん。どうせこれが現実なら、認めてしまうに限る」
しかしカラスの言う通り、目を背けても仕方がないことはわかっていた。
カラスに頬をつつかれてこの庭で目覚めた瞬間から、目に入るものはあまりに鮮やかで、色も香りも風が頬をきる心地よい感触までも、これが夢ではないことを彼女に知らしめているのだ。
彼女はおそるおそる、辺りをぐるりと見渡した。