王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
「稀斗が側にいないからだろ! だから宇野ちゃんの近くを離れるなって言ったんだ」
だけど弥生がその声と会話をしている。
幻聴ではないのだろうか。
瑛莉菜は期待とそれを裏切られる恐怖に震えながら、ゆっくりと顔を上げた。
「うるせーな、トイレくらい行かせろ」
廊下からリビングへ入ってきたその人は、弥生の部屋着を借りたのか、ゆるい格好をしていて黒い髪もなんだか無造作に乱れている。
目を丸くして息を止める瑛莉菜を照れたようにチラリと見て、弥生を押しのけると、ソファに座る瑛莉菜の前にしゃがみ込んで見上げてきた。
「瑛莉菜」
「……キット、なの?」
目の前にいるのは、紛れもなく、小説の中で出会った王子様のように見える。
切れ長の瞳や、瑛莉菜を呼ぶ声や、見つめる表情は間違いなくキットのものだ。
あの不思議な深い青紫色の瞳が、吸い込まれるような漆黒に変わっていても。
「"きいと"」
「え……?」
「稀斗。それが俺の本当の名前だから。言ってみ」
瑛莉菜の膝の上で震える手をそっと握り、包帯の巻かれた手を優しくなでる。