降り注ぐのは、君への手紙


 高校の体育祭があった日だ。俺の高校では体育祭に力を入れていて、六つの団に別れて競う。
ほぼ一ヶ月、授業は一応あるが午前だけで、午後は総合の時間など詰め込み、それを準備期間に充てる。

濃密な期間を共に過ごした仲間との打ち上げは、頑張った分爽快感も半端なく、いつまでも終わりが見えなかった。
存分に騒いだ俺の帰宅は、夜の十時を回っていた。

鼻歌を奏でながらこいでいた自転車を止めたのは、もうすぐ家という辺りだった。
悲鳴のような声が聞こえたからだ。

響き渡ったそれは、壁で反射するせいか方向がつかめず、ただただ周りを見回していると、親父が走ってきた。


「武俊(たけとし)、今悲鳴が聞こえなかったか?」

「き、聞こえた」

「お前、あっちを見てこい。俺はこっちを見てくる」


親父に促されるまま、俺は左側、親父は右側の方を見に行った。

俺達の住む住宅街はその頃空き家が増え始めていて、親父は地域の防犯隊の役員も勤めていたから警戒していたのだろう。

俺は自転車で辺りを巡回した。まだ夜更けとまでは言えない時間だ。ちらほら明かりのついている家もある。
ただ、出てきて探そうという気まではなさそうだ。

誰しも、自分に面倒はふりかかりたくはない。
そう考えれば、親父は立派だと思う。防犯役員など、引き受けたくない役職のナンバーワンに入るだろう。

やがて、荒々しい音が俺の耳を掠めた。ぶつかるような音、小さな悲鳴。俺は慌ててそちらへと向かった。

家と家の間の細い私有道路の奥で、親父が見知らぬ若い男と殴り合っていた。
その傍の地面に、衣服を乱されて倒れている成美の姿が見える。暗くて良くは見えないが、胸元を抑え小刻みに震えていた。


――まさか、成美を。


頭に血が上るという表現を体感したのは初めてかもしれない。
気が付いたら、俺はその男に殴りかかっていた。

二対一になったことで不利だと思ったのか、男は親父を突き飛ばし、転がしていた俺の自転車を奪って逃げた。

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