降り注ぐのは、君への手紙


そこからは慌ただしかった。
医者がやってきて、点滴は繋ぎ直され、名前や住所をひと通り喋らされる。


「どうしてここにいるか分かるかい?」

「さあ」

「事故にあったんだよ。車に轢かれたんだ。雪柳高校の前でだよ」


言われて、ようやく記憶に引っかかる。

そうだ。猫を助けようとしたんだったな。
成美に今までのことを謝って、あわよくば告ろうと思って行ったんだ。

なのに怪我するとか俺、馬鹿じゃねぇの。


「それから九ヶ月。君は眠り続けていたんだよ」

「へ?」


続けられた一言に、俺は驚いて医者を見返した。

九ヶ月ってなんの冗談だ。
そんなに寝続けるとかあり得ないだろ。

だけど窓の外を見れば、確かに春の景色にしては寒々しい。
木々の葉は殆どが落ち、枯れた落ち葉でアスファルトが茶色に染まっている。


「体を動かすのも辛いだろう。すっかり筋肉も衰えてしまっている。ご両親が来られたら、検査とリハビリの日程を相談しような」

「はあ」

「……目覚めるかどうかは半々だった。待ってみるものだね」


医者はにこりと笑うと、俺の心音や血圧など基本的なところをチェックして部屋を出て行った。

ようやく一人になり、改めて自分の体を観察する。
確かに、体を動かすこともおぼつかない。なんとか持ち上げた腕は、自分のものとは思えないほど貧弱だ。


「九ヶ月って……嘘だろ」


だとすれば、成美はもうとっくに卒業して、親父の母校の大学に通ってるわけだ。
卒業という大事な節目に、俺の存在はどこにも引っかかっていない。

力が抜けた。
精神的にも物理的にも。
持ち上げた腕は垂直に落ちて、自分の顔に激突する。


「……いてぇ」


泣きたい気分になっても、涙さえ出てこない。
大事な何かが自分の中から抜け落ちてしまったみたいだ。

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