降り注ぐのは、君への手紙
マスターの顔がくしゃりと歪み、癌が進行してるんだ、と教えてくれた。
今時治らない病気ってわけじゃないが、治療に専念しなきゃならないくらいには悪化しているんだ、と続ける。
俺は頭が真っ白になり、絶句した。
そして思わず、言ってしまった。
「俺が続けるよ。珈琲亭」
マスターは驚いたように目を瞬かせて、半笑いになった。
「そりゃタケがやってくれるなら嬉しいけどさ。俺には子どももいないしな。でも、お前にだって生活あるだろ、上の子、大学入ったばっかりだろ?」
「それは……そうだけどさ」
結局その件は一度保留にして、家に帰ってから成美に相談した。
「やりたいならやれば? あなた一人くらい私が養ってあげる」
昔言ったようなことを言われて、笑ってしまった。
そして、俺はその言葉に甘えて、会社を早期退職した。
バリスタ養成の講座に通い、経営のノウハウ、今までの仕入先などをマスターの入院している病院に習いに通う。
譲り受けるにあたり、建物代は退職金で支払った。
マスターは無償で譲ると言ってくれたが、入院費がかさむ中そこまで甘えるわけにはいかない。
息子たちの学費捻出も含めて、成実には苦労をかけた。だけど彼女は最初の宣言どおり、俺を養う勢いで働き、泣き言一つ言わなかった。
二人の息子は驚いていたが特に反対することはなく、それどころか友達を連れて店に来るようになった。