降り注ぐのは、君への手紙

店の看板は、マスターが前のマスターから引き継いだ通り【珈琲亭】のままだ。

常連客からの口コミが主でつながっていくこの喫茶店は、細々と暮らすだけの収入しかない。
それでも会社勤めしている時より楽しかった。

俺はずっとここに戻りたかったんだな、と改めて思う。



そうして、数年がすぎる。

ある日、学生服のような格好をした若い男がやってきた。
制服を着るような年代が来ることはあまりないので、ついつい目を奪われる。


「いらっしゃいませ」

「珈琲をいただけますか?」


男の物言いは丁寧だった。

よく見ると、学ランというにはデザインがちょっと違う。
どこかの会社の制服なのかなと思い、男の予想年齢を修正する。二十代前半ってとこかな。


「お客さん、どんなのが好み? 酸味がある方がいいとか苦味がある方がいいとか」

「そうですね。オススメでお願いします」

「分かりました。少々お待ちください」


珍しく常連客がはけていて、客はこの男一人だ。
俺は定番のブレンド珈琲を入れようとしたが、何かが引っかかって粉の配合を少しだけ変えた。

慣れた手順で珈琲を入れ、彼の前に置く。


「どうも」


言葉少なに答えた男は、匂いを嗅ぎ、微笑んだかと思うと一口含む。


「ああ、美味しいです。これが飲みたかったんですよ。変わらない味ですね」

「え? お客さん初めてじゃないの。……あ、前のマスターの時に来てた?」

「まあそんな感じです」

「そっか。残念だけどマスターはさ」

「知ってます。お亡くなりになったんですよね」

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