降り注ぐのは、君への手紙
マスターは生きるつもりだった。
癌を切除して、タケの入れる珈琲を珈琲亭で飲むと言ってくれた。
でも結局それは叶わなかった。
癌の進行は早く、開腹手術を施した時にはもう癌は色々なところに転移していたのだという。
マスターは、最期は奥さんのことばかり口にして死んでいった。
子供が出来なくて、お互い好き勝手しているから喧嘩ばかりしていたと言っていたが、それが二人の夫婦の形だったんだろう。
葬儀の後、奥さんは俺に頭を下げてくれた。
「武俊くんのこと、息子みたいに思ってたの。タケが続けてくれるって、あの人すごく喜んでいたのよ?」
俺も何度も頭を下げた。
「俺のほうが礼を言わないといけないんです。恩返しなんかじゃない。俺が宝物をもらったんです」
その日、成美はずっと俺の隣にいた。
酒を飲んで、マスターの思い出を語りだし、挙句には泣き出した俺を馬鹿にも呆れもせず、ただ静かに「そうね」と何度も相槌を打っていた。
「少し夜の散歩に行きましょう?」
風呂にはいる為にリビングを通った息子の視線を避けるように、成美が俺を外へと連れ出す。
あの夜、成美と二人で見た流れ星を俺は忘れることは無いだろう。
「……そうか、知ってたか」
「ええ。だからここに来れたんですけどね」
男は静かに珈琲を飲み干すと、立ち上がった。