降り注ぐのは、君への手紙

彼はどれだけ長い間、人を救済してきたのだろう。
沢山の人の未練を受け入れ、諭し、形を変えて昇華させる。
天界に行くならば相手にも記憶は残るが、人間としてもう一度転生する人は何もかもを忘れてしまう。

人の悩みを聞くのは案外辛いものだ。
その人の苦しみや悲しみが、僅かながら自分にも残る。

人はそれを忘れていくのに、彼は忘れることはない。
延々と続く救済の作業は、彼にとって辛くはなかったんだろうか。


「鏡、見ててください。妃香里さん」


鏡の中の武俊くんは、かつてのバイト先である喫茶店に行き、マスターにはっぱをかけられて元気を取り戻したようだ。

私は懐かしさに駆られて、店内をじっくり見た。

最後に行ったのは一年以上前になるけれど、記憶に残ったままの内装になんだかホッとする。
もう二度と行けないと思えば寂しいけれど、変わらずそこにあることがとても嬉しい。

失うことも、一人になることも寂しい。
だけどその寂しさが、楽しさを彩る。

数日とは言え天道に住んだ私には、それも実感として分かった。


「よかった。これでタケさんは大丈夫ですね」


鏡を覗きこみながら、顔をほころばせるヨミさんを見て不意に思った。

この人も、きっと寂しい。
それが仕事とはいえ、ただ人を見送るだけの日々を送るのは。

< 157 / 167 >

この作品をシェア

pagetop