降り注ぐのは、君への手紙


 ふわりと浮き上がる湯気は、口元近くで渦をまき霧散していく。
そのばあさんは、上品そうな手つきで湯のみに口をつけた部分を拭いた。
飲み方もいちいち丁寧だなと、変なところに俺は感心する。


「さあ、このタケさんに話してみてください」

「なんで俺!」

「さっきそういう仕事がしたいっていったじゃないですか」

「いやでも」


先ほどのヨミの反応をみても、このばあさんってレアケースなんじゃないかって思うのは俺の気のせいか?


「……ヨミも一緒に聞いてろよ。俺、大事な話を聞き逃したら困る」

「はいはい。後ろに控えておりますよ」


俺とヨミの会話を聞いていたばあさんは、くすりと笑った。


「……仲が良ろしいのねぇ」


こっちが赤くなるくらいしみじみした声に、俺はたじろぐ。


「あー、んで。ばーさんは何が気になって……いてっ」


途中で脳天にチョップが叩きつけられる。
振り向いてヨミを睨むとしれっとした顔で「口が悪いですよ」と言われた。

畜生。口で言えよ、お前こそ。

クスクス、笑い続けるばあさんは、肩を震わせる。

笑っているのかと思ったら泣いていた。
静かに透明な涙がシワをなぞるように流れていく。


「ごめんなさいね。なんだか昔のことを思い出してしまって」

「昔?」

「ええ、昔。私がまだ少女だった頃よ。口は悪いけれど、とても好きな人がいたの」

「何? 彼氏?」

「彼氏……恋人のことね? ごめんなさいね、今の人の言葉は慣れなくて。恋人……と言ってよかったのかしら。私達は愛し合っていました……多分。でも誰にも認められていなかった」


このばーさんの子供だった頃っていつだよ。昭和初期か?
でも天国にきていくらか時が経っているなら、もっと前ということもありえるな。


「最初から話すわね。聞いてくださるかしら。……ああ、美味しいわ」


お茶を一口すすって、ばーさんは目を閉じて語り始めた。



< 42 / 167 >

この作品をシェア

pagetop