降り注ぐのは、君への手紙
「ま、待ってってば。私、河童を探しているのよ。噂になっているのでしょう?」
「河童なんていませんよ」
嘘だ。
じゃあどうして川の方に戻ろうとするの。
私をここに近づけさせまいとするの。
「な。名前を教えなさい。あなたばっかり私のことを知っているなんてズルいわ」
何がずるいのか。
この頃の私はとにかくワガママで、自分の思い通りにならないことが悔しくてたまらなかった。
睨んでいると、男が蠱惑的な笑みを浮かべる。
「佐助、ですよ。あなたの家から土地を借りている板倉の家の長男です」
「板倉……佐助さん」
小作の中にそんな名前があったか、私はよく知らなかった。
家に帰ったら、母さまか姉さまに聞いてみよう。
「あ、で、河童は……ってあれ?」
少し考え事をしている内に、男は居なくなっていた。
恐る恐る草をかき分けても、その姿は見つからない。
「まさか、本当に河童?」
呟いた瞬間、足が滑った。
とっさに伸びた草を掴んで体を支える。
地面は水気を帯びていて土が柔らかくなっていた。なんとか押しとどまった足のすぐ先がもう川だ。
「い、板倉さん?」
あまり大きな声を出して村の人に見つかっても困る。
「ねぇ、板倉さんどこ?」
どこからか、男の含み笑いの音がする。
探したいけれど、これ以上闇雲に動きまわるのは危険そうだ。
「逆方向に真っ直ぐお行きなさい。ちゃんと戻れる」
彼は声だけを返した。
音の出処をたどれば、と思わないこともなかったけれど、今ので服の裾が濡れてしまった。これを知られただけで怒られてしまう。
私は諦めて、来た道を戻った。
とは言え、周りは草だらけでやっぱり迷いながらだったけれど、無事に草むらを抜けた時にはホッとして息をついた。