降り注ぐのは、君への手紙


「ま、待ってってば。私、河童を探しているのよ。噂になっているのでしょう?」

「河童なんていませんよ」


嘘だ。
じゃあどうして川の方に戻ろうとするの。

私をここに近づけさせまいとするの。


「な。名前を教えなさい。あなたばっかり私のことを知っているなんてズルいわ」


何がずるいのか。
この頃の私はとにかくワガママで、自分の思い通りにならないことが悔しくてたまらなかった。

睨んでいると、男が蠱惑的な笑みを浮かべる。


「佐助、ですよ。あなたの家から土地を借りている板倉の家の長男です」

「板倉……佐助さん」


小作の中にそんな名前があったか、私はよく知らなかった。
家に帰ったら、母さまか姉さまに聞いてみよう。


「あ、で、河童は……ってあれ?」


少し考え事をしている内に、男は居なくなっていた。

恐る恐る草をかき分けても、その姿は見つからない。


「まさか、本当に河童?」


呟いた瞬間、足が滑った。
とっさに伸びた草を掴んで体を支える。

地面は水気を帯びていて土が柔らかくなっていた。なんとか押しとどまった足のすぐ先がもう川だ。


「い、板倉さん?」


あまり大きな声を出して村の人に見つかっても困る。


「ねぇ、板倉さんどこ?」


どこからか、男の含み笑いの音がする。
探したいけれど、これ以上闇雲に動きまわるのは危険そうだ。


「逆方向に真っ直ぐお行きなさい。ちゃんと戻れる」


彼は声だけを返した。
音の出処をたどれば、と思わないこともなかったけれど、今ので服の裾が濡れてしまった。これを知られただけで怒られてしまう。

私は諦めて、来た道を戻った。
とは言え、周りは草だらけでやっぱり迷いながらだったけれど、無事に草むらを抜けた時にはホッとして息をついた。

< 46 / 167 >

この作品をシェア

pagetop