降り注ぐのは、君への手紙


夜半に家を抜け出すことはそう難しくはなかった。
この時代、便所は家の外に別建てされていることが多く、我が家もそうであったからだ。もし起きて気づかれても、言い訳はたやすい。

もちろん、長く戻ってこなければ心配するだろうが、そこは布団を丸めて置いておくことで何とかごまかせるだろう。

しかし着替えまでは出来ない。
私は寝間着にしている浴衣の上から羽織だけを見につけ、川まで急いだ。

月が出ている夜だったのが幸いだ。足を踏み外さない程度には周りが見える。
誰かに見つかったら変な噂を立てられる。

私は急いで村の中を駆け抜けていった。


鬱蒼と茂った草は、闇に紛れて大きな黒い魔物のようにも見える。
私は恐る恐るかき分け、声をかける。


「板倉さん?」


返事はない。こっちが必死になって来たというのに、騙したんだろうか。


「河童を見せてくれるって言ったじゃない。板倉さんってば」

「佐助だ」


闇の中に灯りを灯すような声。
振り向くと、彼がいた。

彼もやはり寝間着のような白い浴衣だけを羽織っている。


「佐助さん。来たわよ。ほら、河童を見せてちょうだい」


私はホッとして彼に駆け寄った。
と、その瞬間、彼にギュッと強く抱きしめられた。


「さ……」

「馬鹿だな。河童なんているわけ無いだろう。夜半に男が女を誘う。その危険性を理解できないほど子供なのか」

「や」


彼の力は強く解けない。
水草の匂いが充満するここで、彼の男くさい香りが鼻をついて私を刺激する。

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