降り注ぐのは、君への手紙
俺は戸惑う男を押しのけ、カウンターをまたぎ中へと入る。
外側から見えない部分にたくさんの棚があり、書類がいくつも分類されていた。
更にその奥に小さな流しがあり、コンロも一つだけついている。申し訳程度のキッチンスペースだが、これがあるのとないのでは大分違うだろう。
そこに広げられている道具は、実にご立派なものだった。
ドリッパーにペーパーフィルターにサーバー。ポットは注ぎ口が細く長いコーヒー用のものだ。
うちの喫茶店で使われているのと同等なものだろう。
「ちょっと待ってろよ」
ポットからお湯を拝借し、まずはカップを温める。
そしてフィルターにセットした珈琲に少しだけお湯をかけて二十秒待つ。蒸らし行程だ。
それからおもむろに、「の」の字を描くようにお湯を入れていく。
この時の、香りに心をふわっと持ち上げられるような感覚が好きだ。豆の持つ芳醇な香りを逃さずに液体の中に込められるように、すべての動作をゆっくりと行う。
最後に温めていたカップのお湯を捨て、豊かなる黒い液体を八分目までに注いで出来上がりだ。
「ほら」
「あ、二杯入れてください。あなたの分も」
そういや、俺も飲みたいなと思い、同じような行程でもう一杯入れた。
男は俺の分の出来上がりを待たずに先の一杯に口をつけ、「美味しいですね」と感心した声を上げた。
今まで感情がこもっていないように感じていた男の表情に色がついた感じがする。
まあな、恐れ入ったか。
一応プロからお褒めを頂いた腕だからな。