降り注ぐのは、君への手紙
「そうやって入れるんですね。難しいなぁ。以前、人から教えていただいた珈琲はお湯をそそぐだけで飲めたんですよ。最初はその黒さに味を疑いましたが。どうしてなかなか香ばしくて美味しいものでした。なので、人に頼んで買ってきてもらったんですけど、どうも勝手が違ったみたいで」
「粉入れてすぐ飲めるやつはインスタントだよ。粉のほうが旨いに決まってんだろ。挽きたてならもっといい」
「詳しいんですねぇ」
「大学に入ってから、喫茶店でバイトしてたんだ。俺、ガキの頃から珈琲好きでさ」
「お子様には苦くありませんか?」
「そこが格好良く見えたんだよな。俺、早く大人になりたくて」
「へぇ」
「早く。……親父みたいなおっさんになりたかった」
一口飲んで、ソーサーに戻すたびにカップが音を鳴らす。
それが記憶の奥を刺激する。
引っぱり出される記憶は、決していいものではなかった。
――早く大人になりたかった。
成美のために。
でもなれなかった。
もどかしくて堪らなくて傷つけることしかできなかったのは、俺が子供だからだ。
「思い出話を、してもいい?」
「ええ。聞かせていただいたほうがうまく配達できると思いますし」
壁にかけられた時計が、一度ボーンと大きくなった。
今は一時なのかと漠然と思いながら、俺はゆっくり口を開いた。
成美との思い出を、語るために。