降り注ぐのは、君への手紙
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桜の淡い桃色、ひまわりの黄色に快晴の青。

宮子との思い出にはいつも鮮やかな色が伴う。


初めて出会ったのが春。

もう鮮明な記憶は残っていない。
覚えているのは自分がまだ小学生だったということだけだ。

当時日本は戦争をしていて、贅沢は敵だったし誰もが俯いて過ごしていた。
美しい桜を見て、心を休める余裕さえ無かっただろう。

だけど、彼女は違った。

まだ少年だった僕が急いで家へ帰ろうとしていた時、女学校の制服を来た彼女が足元に沢山落ちている桜の花びらを拾っていた。

一目惚れというものが実際にあるとは思わなかった。
物語で読んだ雪女に魅入られた男のように、僕は一瞬で自分よりずっと年上の女性の美しさに、見惚れてしまった。


「どうした、少年」


じっと見つめている僕に気づいた彼女は、その清楚な雰囲気を壊すような男らしい口調で問いただした。


「お姉さん、なにしてるの」

「私は桜を見てる」


風が吹いて、はらはらと桜吹雪が舞い落ちる。
それは不思議なほどゆっくりだった。

一度舞い降りる途中で下から吹き付ける風に持ち上げられる。
まるで、いつまでも落ちないように踏ん張っているように見えた。


「……父が降らせているんだ、きっと」


桜色の雨の中で彼女はひとりごとのようにつぶやき、左手にいっぱいの花びらを持って、空いた手で僕の頭を撫でていった。


その後、戦争が深刻化し、僕は地方へ疎開した。
あのお姉さんにはその後一度も会うことが無かったが、ふとした拍子に思い出した。

名前くらい聞けばよかった。

そんな後悔をしたのは、出会った日から一年も過ぎてからだった。


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