言霊
第二話
鬱蒼とした森の中を咲耶の運転で走り抜ける。どこを見渡しても緑の木々しか見られず、田舎の山奥に来たのだと改めて認識する。十兵衛の地元でもある高知県も山々に囲まれ相当の田舎である認識があったが、現在走っている青森県の山間もほとんど変わらない。
青森県の心霊スポットと言えば恐山が有名だが、今回の目的は呪いの仏像ということで立ち寄る予定もない。憧れの咲耶と二人きりの小旅行と考える反面、その目的がおどろおどろしいもので素直に喜べないでいた。
咲耶の話によると、その仏像に触れると事件事故に見舞われ、最悪死亡するらしいとのこと。情報のソースは明かせないと締め括るその横顔からは、恐怖よりも好奇心が勝っていることを物語っていた。仏像の件はこれ以上聞いも無駄だと判断した十兵衛は、何故調査しようとしたかを問う。その回答は至ってシンプルなものであった。
「呪いという嘘を暴きたい。信仰は自由だけど恐怖心で抑え込んだり強要したりは違うと思うから」
新聞配達のバイクが走り出す頃に都内を出発してからおよそ八時間、商店すらなさそうな小さな集落が遠くに見えてくる。田舎らしく人影は全く見られず、車はおろか外を歩いている者も皆無だ。時折どこからか聞こえてくるカラスの鳴き声が不気味な雰囲気を醸し出す。
道中に話す時間はたっぷりあったが、話して分かったことは咲耶が歴史オカルトマニアであることくらいで、彼氏の有無等は全く分からない。
長時間の運転で疲れたのか集落手前の林道に車を停めると、座席のシートを倒し仮眠を取り始める。仮眠の邪魔にならないよう散歩に行くことを伝えると、絶対傍から離れてはダメだと真剣な表情で言われ仕方なく並んでシートを倒す。
隣で寝息を立てる咲耶にドキドキするが、異様な雰囲気を持つ集落に薄ら寒いものを感じる。咲耶が真剣に引き止めた理由も本人が一人になるのが怖いというより、もっと別の意味があるのでは推測していた。
一時間が経過し正午を回った頃、咲耶はおもむろに起き上がり十兵衛を向く。その後頭部には寝癖の跡が見られる。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
「塚原は寝た?」
「いえ、何かあったらと思って起きてました」
「そう、じゃあそろそろ行こうか。後部座席のリュックをお願い」
そう伝えると車から降り、道の真ん中で寝起きのストレッチを始める。色白の肌とは裏腹にその機敏さから運動神経は良さそうで終始軽快な動きをしていた。
車を目立たない林道の奥へと移動させると、そこからは徒歩で集落へと向かう。何故車で移動しないかと問うと、道の狭い集落では逃走の際に小回りが利かないからという微妙な回答が返ってきた。これから起こることに一抹の不安を抱きながら、件の仏像探しを開始する。
話によると、この集落内にあることだけは確かだが、その場所までは咲耶も知らないらしい。ただ、その性質上大っぴらな場所に鎮座しているとは考えられず、無難な線で寺院や神社を探して回ると言う。大切なことは村人と会った際に自然と嘘を吐き通すことであり、仏像を探していることを悟られてはならない。
呪いの仏像とは言え、この集落では信仰の対象となっている可能性が高く、邪険に扱える案件ではない。表向きはあくまで大自然の写真撮影であり、旅行中のカップルという設定で押し通す。嘘とは言え咲耶とカップルになれることは棚ぼたであり、これを機に関係を進展させるには持って来いのイベントと言えた。
様々な思惑を抱きながら並んで舗装された綺麗な道路を歩いていると、大きな木の根元に座り込む青い浴衣を着た少女の姿が目に入る。顔立ちや体格から小学生の高学年と言ったところだ。咲耶も当然少女に気がついており、木の傍まで来ると笑顔で自ら挨拶を交わす。
「こんにちは、いい天気ね」
しかし、少女はじっと咲耶を見つめるだけで無言を貫く。その表情からは感情が読み取れず十兵衛は背中に寒さを覚える。そんな少女の対応とはお構いなしに咲耶は首から下げていたデジカメを少女に向けた。すると少女はサッと立ち上がり木の後ろへと隠れる。
写真に撮られることは本意ではないようで、木の陰から警戒しつつ恨めし気に咲耶を睨む。カメラを下し笑顔を向けると咲耶は再び道を歩き出す。二人のやり取りを黙って見ていた十兵衛は慌てて後を追う。振り向き少女が着いてきていないことを確認すると十兵衛は話しかける。
「さっきの女の子って何者ですか?」
「さあ? まあ、可愛いけど無愛想な子よね」
「実は幽霊とか?」
「あら、塚原って幽霊信じるの?」
「いえ」
「じゃあ別に何者でもいいんじゃない?」
咲耶の問いに言い返すことも出来ず十兵衛は黙々と隣を歩く。
辺り一面棚田が広がり田植えされた緑の畳が視界に広がる。集落の入り口付近で少女と会って以来他の村人とは遭遇せず、二人は一つの鳥居の前まで来る。石階段がその先には見られ、この上に何かしらが奉られていることは想像に難くない。紅い鳥居を撮影しながら咲耶は十兵衛に問う。
「ねえ、塚原。今更だけど、もし呪いが本物だったらどうする?」
「腹いせに仏像ぶっ壊しますね」
「斬新なアイデアね。普通呪いを解く方法を考えるもんなんだけどね」
「先輩はどうすんですか?」
「そうね、仏像を持って中国を旅行したいわね」
「それってある意味テロですよね?」
「あらお言葉ね、私は仏像の良さを広めたいだけよ」
「はいはい、先輩が中国好きなのは良く分りました」
「分かれば宜しい。ところで……」
咲耶が視線を十兵衛の背後に移すと釣られて振り向く。その先には白い軽トラが見られ明らかに二人へと向かって来ている。最初に出会った少女と違い、運転しているであろう大人の村人がどのような対応を取ってくるのか、十兵衛は緊張した面持ちでそのトラックを見つめていた。