言霊
第四話
様々な事態を想定し念には念を押して行動していたとしても、不測の事態というものは起こる。それは咲耶も全く想定していなかった事態であり、今後の動向を大きく方向転換せざるを得ないことを意味していた。
救急車が慌ただしくサイレンを鳴らしながら二人の横を通過し集落へと向かって行くのを確認すると、それに追随するかのように足早に追っていく。小さな集落ということもあり、遠目でも救急車の停車した位置は特定できる。赤色灯に照れされている赤い鳥居を見て咲耶は呟く。
「先客がいたみたいね」
「つまり、仏像の呪いで誰かが犠牲になったってことですか?」
「かもしれない。実際に現場を見た訳じゃないし、憶測で判断するには早計だけど」
集落へと続く道の脇で並んで眺めていると背後からふいに声がかかる。
「君たち、こんなところで何をしてる?」
振り向くとそこには昼間見た男性の顔がある。戸惑い口ごもっていると相手の方から口火を切り出す。
「やっぱり君たちもあいつらの仲間か?」
「あいつらって誰ですか?」
「あくまでとぼける気か? まあ、いずれにせよ村外の人間がこんな時間にうろうろしてるんだ。詳しい事情を聞かせてもらうよ」
男性の背後には村人数人が見れら逃走が困難だということを物語っていた。
昼間に見た大きな木の奥へと進むと公民館らしき建物があり、深夜にも関わらず中は村人が大勢集まっている。中には子供も数人混じっており、木の傍で会った浴衣の少女も居て一瞬だけ目が合う。取り囲まれるような形で部屋の中央に立つと、八十歳は超えているであろう老人が問い掛けてくる。
「赤星からも少し聞いたが、お主らが東京の者だというのは本当か?」
この村で会話を交わした人間は役場の男性のみであり、必然的に背後の男が赤星という人間なのだろうと分かる。十兵衛が答えようとするのを抑え咲耶が口を開く。
「はい、東京から旅行で来てます」
「何もないこんな辺鄙な村へどうして来た」
「偶然と言いますか、特に当てのない旅なので理由もありません」
「では、こんな時間になぜ再びやってきた」
「車をインロックしてしまって、助けてほしくて歩いていたところです」
平気で嘘をつく咲耶にドキドキしながら二人のやり取りを見守る。
「念の為、そのリュックの中身を見ても宜しいか?」
「構いませんよ、どうぞ」
快くそう答えると咲耶はリュックを傍に立つ赤星に手渡す。赤星はリュックの中身を床に整然と並べていくが、中にはデジカメや懐中電灯の他に手帳と東北地方の地図しか入っておらず特別怪しいアイテムは見られない。首を振る赤星を見て再び老人が話しかける。
「失礼をしました。申し遅れましたが私は村長の井川と申します。お聞きになったとは思いますが、ここ最近は仏閣を狙った窃盗団のような輩がいましてな。例外なくこの村も警戒しておる次第なんです」
「ニュースでもよく聞きます。ほとんどが外国へ流れているんですよね」
「仰る通り。罰当たりもいいところで、本当に困っています」
「ちなみに、さっき神社の方角で救急車が停まりましたが、窃盗絡みですか?」
突っ込んだ問いかけに井川は一瞬押し黙る。そして、少し考え込んだ後にゆっくりとした口調で咲耶に向かう。
「その前に、貴方達のお名前をお聞きしても宜しいか?」
「私は榊咲耶と申します。神棚に飾る榊に、木花咲耶姫の咲耶です。隣の彼は塚原十兵衛。剣豪の名前と言えば想像しやすいと思います」
名前を聞くと井川は周りの村人を見回し、質問がないことを確認し再び向き合う。
「生粋の日本人と考えて宜しいかな?」
「言うまでもなく」
堂々と答える咲耶に頼もしさを覚えつつ十兵衛は事態を見守る。井川は溜め息を一つ吐いてからおもむろに話を始めた。
「さっきの救急車は榊さんの仰る通り、窃盗団の救護です。ご多分漏れず外国人で、神殿に奉られている仏像目当てのようでしたが」
「それで村人総出で集団暴行ですか?」
「まさか、そのような野蛮な輩は村にはおりませぬ。彼らには神罰が下ったまでのこと。そう、自業自得という名の神罰が……」
盗みに対する応報として罰が下った。この時点で十兵衛はそう認識していた。しかし、これから語られる真の意味での業を知り慄然とする。